2019年春。
だいぶ暖かくなってきた頃、長年気にはなっていたもののどうすればいいのかわからないまま放置されていた2階の開かずの間=義祖父母の以前使用していた部屋を掃除することにしました。
この部屋はずいぶん前に義祖父母と叔母が暮らしていた部屋。
部屋は全部で8畳ほどのの部屋が4つ。
母屋の2階部分の4部屋は当時同居していた叔母の部屋もここにあったようで、ベッドが3台と古くからの箪笥など家財道具がどっさりある状態でした。
手を入れる前は足の踏み場もなかったくらいひどい状態でした
床が見えないほど床の上にゴミゴミゴミ。仕方がないのでゴミの上を歩いて作業をする状態です。
ベッドの上には毛布などが敷いたまま、その上に服が山のように積み重なっていました。
そして昔の婚礼道具の一つ、タンスが折り重なるように3つ4つと無理やり部屋の入り口付近に置かれていました。
その中にもいつのものか不明の衣類がたくさん。
さらに義曾祖父母のタンスや長持もあり、着物や当時のシーツや蚊帳、茣蓙なども出てきます。
そのほかに大量の本や新聞、雑誌などの紙物もありました。
天井まで積みあがった荷物で、部屋は昼間でも薄暗く、長年放置されていたためネズミなどに衣類や紙類は齧られ、床に散乱し、埃とネズミやゴキブリのフンで息をするのも難しい状態でした。
今までに何度か掃除を試みたものの、軽く10個ほどゴミ袋に詰めたとしても何も片付かない現状にすぐ嫌気がさして、放置すること数度…。
床はぶよぶよしていたり、傾いていて、天井には雨漏りの跡。
上記のような状態の部屋までは何とか一人で時々片付けていましたが、今回全部綺麗にすることを決意。
一時実母の助けを借りて週末は3人で、平日は母と二人ひたすらゴミ袋にモノを詰める日々。
ゴミを袋に詰めるところまでは案外楽にできるのですが、それを部屋から出すという作業が一番大変です。
衣類に関しては途中から階段の上から放り投げたりして少し楽をしたりしましたが、なんせゴミの数が多くて、2階からごみを持って降りるだけでも重労働でした。
確かこの時母は10日間ほど手伝ってくれたのですが、3人でやってなんとかある程度床が見えるくらい片付けが出来たという状態でした。
床が見えたときは感動しました
埃がすごいので毎日数時間片付けをするのがやっとだったのが、毎日繰り返すことでここまで片付きました。ここまでくるともうあと少しという気になってきます。
だいたい同じ場所から取った写真です。アフターのものは家具なども捨てた後のモノです。ずいぶん片付きました。
ゴミの中身は衣類が多かったですが、たくさんの本や、中身がないお菓子の袋やゴミ。
いつの時代のものかわからないお酒やいただきもののタオルやシーツ。天井にこれでもかと渡された物干し竿。
開けられた形跡のない下着やタグの着いたままの服。
壊れた扇風機にテレビや電化製品。介護用ポータブルトイレ!(中身入った状態…)
もう、なんでもありの状態でした。あまりの汚さとモノの多さに、遺品整理や掃除の仕事をしたことがある母も驚いていました。
ここまで物が多い家もなかなかないよー
実母が帰った後は主人と二人、土日や祝日に作業をしました。
衣類や布類、本などの可燃ごみと瓶やステンレスなどの不燃ごみは仕分けして主人が車で町のごみ施設へ持っていきました。冬から夏までに5、6回ほど、多い時で一日4往復くらいして捨てました。
ゴミは業者さんに頼むより自分たちで持ち込んで捨てたほうがむちゃくちゃ安いです。でも数が多いので数万円はかかりました…。
小物は自分たちで捨てに行き、大物の家具類、ベッドやタンスなどは回収業者に頼みました。
2トンロング1台と軽トラ1台で15万ほどかかりました。
安いのか?高いのかは今も不明です…
その際載せれるだけ本や他の燃えるゴミも回収してもらいました。
結局これだけでは捨てきれなかったので、その後主人がトラックをレンタルして何往復かしました。
そして今この状態です。
ちょっとゴミが残っていますが、おおむね片付いた状態です!
ここまで来るのに必要だったものと、作業の順番について下記に書いております。
良ければそのままお進みください。
用意するもの
まず用意するのは大量のごみを入れるビニール袋と本などを縛るビニールひも。
あとは自分を守るやめに頭にタオルを巻いて、マスクと手袋、あと欲しいのがゴーグルですね。
汚れてもいい服を着て、室内ですけど靴履いて作業をします。
掃除の際着ていた服は最後に捨てました。
作業の順番
片付けはじめた当初は部屋中に吊るされた物干し竿にぎっしりと衣類が吊るされていて薄暗く、それをすべてどけ、部屋に光が入るようにしてから作業を始めました。
それからベッドやタンスなどの大物は後回しにして、まずは足の踏み場がないので床に落ちている大きめの物を退かしながら、ゴミ袋へ入れていきます。
タンスの中にあるものも、残すものと捨てるものに分けていき、捨てるものはゴミ袋へ、残すものは別の部屋へと移動するようにまとめておきます。
ある程度ゴミが溜まったらその都度ゴミを部屋の外へ出す作業をします。
うちの場合は2階から1階へおろして、とりあえずゴミを一つの部屋に集めておきました。
そして、主人が平日休みの日に何往復かしてゴミ処理場まで持ち込みました。(処理場は平日しか開いてないんです!)
この作業を何度も繰り返して、自分たちで捨てることができるものがあらかた片付いたら、大物を捨てる段階に入ります。
我が家の場合、ここで初めて業者を頼みました。
業者さんはネットで探しました。相見積を取ってから頼みましたよ
一度見積もりを取りに来てもらって、一度にすべての家具類を持っていくのは難しいと言われたので、2トンロングと軽トラ1台に詰めるだけ積んでもらい、残ったものはどうするか改めて考えることにしました。
見積もりの際、木製の箪笥などは壊して木くずにして捨ててもらえるということだったので少し嵩を減らすこともできました。
作業当日は男性作業員の方が6名ほど見えて、2時間ほどで作業は完了しました。
主に木製の家具やベッドなどをばらしてトラックに載せてもらいました。大物の隙間に捨てきれていなかった衣類や本などのゴミも回収してもらいました。
それでも部屋にはまだゴミが残っていたのですが、残りは主人が自力で町のごみ処理場へ運び捨てました。
そして、作業をはじめて1年後くらいにだいたい綺麗になりました。
作業を終えて
ずいぶん時間がかかったなと思います。
そしてお金もかかったなと。
ただただゴミを捨てることに時間とお金を費やした日々。
同居しだしてすぐのころはこの部屋の存在に気づかず、そして気づいてからは見て見ぬふりを続けてきました。
それが家族の代替わりが進んでくると見て見ぬふりが出来なくなってくるんですよね。
出来れば自分が若くて動けるうちに片付けたいと思うようになり、このタイミングで掃除をすることにしました。
やっている最中は義祖父母や義父母に恨み言も出てきましたが(笑)
なんで今まで少しは片付けようと思わなかったんだ!
それでも自分たちしかやる人がいないとやらざるおえないし、この先もこの家で暮らしていくにはどこかでリセットすることが必要なので、やると決めて行動に移せてよかったと今は思います。
ただ自分一人では絶対に出来なかったと思います。
一人でやっていたら多分途中で放棄してましたね
母も手伝ってくれましたが、一番動いていたのは主人だったので、主人が頑張ってくれたなと感謝しています。
主人立派!!でもまあ主人の実家だし…当たり前ですけどね
とこんな感じで掃除をしている間私はイライラしたりもしながら掃除は進んでいき、無事終えられました。
我が家みたいな家、きっと多いだろうなー
しかたなく古いものやゴミを捨てずに長年放置している家は多いと思います。
時間、お金、体力…片付けるならいろんなものを使わなければいけません。
そんなことにお金も時間もかけたくない!
だいたいの人はそう思うと思います。
悲しいくらい目をそむけたくなる現実ですよね。
実際問題、目をつむりさえすれば生きていけます。
でも、いつか誰かが向き合わなければいけない問題でもあります。
それが誰か。
だから私は自分たちの代でけりをつけたいと思いました。
あんなに汚い状態の部屋の片づけを子供たちに押し付けずに済んでよかったですし、なによりずっと気にしていた自分の心が軽くなってすっきりしました。
今回は義祖父母のものでしたが、義父母の物の片付けも今後あるし、そして自分たちの片付けもしていかないといけません。
片付けって本当に終わりがないんですよね。
生きている間、ちょこちょこと整理整頓して、断捨離して、掃除してを繰り返していくしか、多くの物に囲まれて暮らしている私たちが快適に暮らす方法はないのかなと思ます。
片付けは本当に大変ですが、私はこのすっきりとした気分も味わえるのが好きなので時々汚部屋掃除のスイッチが入ります。
我が家にはまだまだ汚い部屋があるので、またそのうちこのスイッチが入って掃除をするんだろうなと思っているんですが、その時はどんなタイミングなのか。
今回のことを反面教師にして、次回からはあまりお金を掛けずにもう少し効率よく動けるようにしたいなと思います。
日々こつこつと、どうしようもなくなる前に少しずつ片付けていって、快適な暮らしを送れるような『自分たちの住処』を作っていきたいと思います。
我が家と同じような汚部屋を抱える皆さん、この先もお互い頑張りましょう!